自主シンポジウム 重 複 障 害 その1
     日本教育心理学会第42回総会自主シンポジウム要旨(2000年9月17日:東京大学)

企画者 中島昭美(財団法人重複障害教育研究所理事長) 柴田保之(国学院大学)
司会者 松岡敏彦(山口重複障害教青研究所)
話題提供者  野村耕司(杉並区立済美養護学校) 深山茜(東京大学)
       遠藤司(駒沢大学) 志賀幸子(重複障害教育研究所通所者母親)
指定討論者 進一鷹(熊本大学〉

《企画について》                中島昭美
1.主旨
 昭和50年5月、重複障害教育研究所が東京都教育委員会より財団法人として認可され、障害の重い子供たちと共に人間行動の成り立ちの根源を深く感動をもって学ぶことを目的として設立されました。
 私、中島昭美は研究所の理事長として、寄付行為、会計、役員など細かな規約を作成して今日に至っております。
その間、父母、教師、研究者、施設職員の実践研究が積み重ねられ人間行動の成り立ちの根源を感動をもって子供たちから学んでおります。
 そこで、その成果を自主シンポジウムにより明らかにすると共に、実践研究はあくまでも事例研究であります。
 主題を「重複障害」として、長い間、私と苦労を共にした人々と30年間の研究成果をご披露したいと考え、自主シンポジウムを企画いたしました。
2.シンポジウムの主題
主題1『人間行動の成り立ちの根源を感動をもって学ぶ』
 できる、できないではない。また、できないことをできるようにするのはどうするのかと考えることも、診断、治療の真似をしてマニュアル化しようとすることになり、子供の本当のすばらしい姿が見えにくくなる。
 事実とは何か。それは、単なる出来事の羅列とは違う。鈴を缶に入れたか、形をはめ込んだかなどということは、こちらが勝手に作った課題であり、子供の行動を評価しようとする、こちらのつまらない尺度にすぎない。
 その時、その子供のまず行動の深い意味を探求し、こちら側の誤りを正して、人間とは何か、その存在の本質をより明らかにするものでなくては事実とは言えない。(子供の理屈の違いとこちらの理屈の違いをはっきりさせる。)
 自発とは何か、感覚とは何か、空間とは何か、空間的運動の組み立てとは何か、人面とは何かを学ぶ。
主題2『空間の形成と意図的運動の組み立て、自発、調整』
 空間とは何か。聴空間、触空間、視空間の形成とそのまとまりとしての相互の空間の関係。始めと終わり。方向と位置、順序ということ。
 空間の形成と体を起こすこと。主軸とまっすぐということ。重力とバランス。
 空間と形、文字、数。背中の空間から正面の空間へ。
口→舌→足→手から、真ん中と端→形へ
 人間存在の本質を子供たちから学ぶということ。
《提案要旨》
事例研究:行動の意味を考える

                     野村耕司
 今回の発表では、重複障害をもつ二人のお子さんとのかかわりの事例について発表する。発表の観点として、まず子どもの示す「どんな行動にも重要な意味」があり、それは我々に人間行動が成り立っていくための一つの過程を伝えるためのメッセージであるという立場に立つことである。そして、その行動の意味を少しでも分かるために、我々は教材やかかわり方を工夫し、重複障害を持った子どもとのかかわりを深めようとしている。次に、行動の意味を考えるための観点として、人間の一つの感覚である「触覚」に着目して行勘の意味を探りたい。錆感覚の中で触覚だけは、一つの感覚器だけで受容する感覚ではなく、人間の身体のどこででも刺激を受けていると共に、他の諸感覚と重なり合って受容されている.しかし、触覚だけは、他の諸感覚と比べると、受け身的に刺激を受け止めるだけではなく、自らが刺激を作り出せる感覚であることが重要である。つまり、週鋤と密接な関係がある。重複障害を持つ子どもも、諸感覚を受け止め整理して行動を調整し、調整して起こした運動が、また新たな諸感覚を生じさせている。このように、感覚と運動には相互関係が起こっている。この相互関係を理解していくために、触覚に着目することが必要なのである。次に「バランス」という考え方で、行動の意味を考えていきたい。この「バランス」とは、身体の運動を調整するような動的なものだけではない。例えば、盲重複障害児は机の上の教材に手を伸ばし触った時に、自分と教材との位置の関係や、教材の部分と全体の関係、さらには教材の中にある位置、方向、順序といった「関係」を、触覚を基にしてとらえている。そのとらえ方を知るためには、巣に示す行動だけに着目するのではなく、その行動の反対の運動が出現した行動を支えているとか、位置や方向、順序を考える時には、左手で触った部分が右手で操作する運動を支えているといったことや、何気なく体を揺らしたり、自分の体に触れたりすることが、すでに位置や方向、順序を決めるもとになっているのではないかと考えてみることである。このように様々なことが互いに作用し合う関係を「バランス」という考えで整理したい。

触覚的実感に基づく原空間の構成
                       遠藤司
 昭和58年、重複障害教育研究所で障害の重い子どもたちと出会い、また、中島昭美先生の、障害の重い子どもたちから人間としての本質的なことを学ぶという一つの思想に出会った筆者は、その後、子どもたちとの関わりを行う中で、子どもからいかに学ぶかを考えつつ実践研究を深めていくよう努めてきた。障害の重い子どもに接するとき、箪者は、彼らが人間の根源的生世界を具体的に生きている存在であることに気づき、その存在の確かさに圧倒される。そこで彼らと、本当の意味での教育的な関わりをもとうとするならば、筆者は、自らの生世界を根源まで遡り、その根拠を明らかにするよう努めなければならない。すなわち、子どもたちの生世界を具体的に明らかにすることは、自らが現に生きている世界を根源まで遡って、その根拠を明らかにすることなのである。そのためには、自らの生の自明性を改めて問い直すという観点から、子どもの示す行動の意味を徹底的に考えなければならない。子どもたちの世界を解明する手がかりの一つとして挙げられるのは、感覚と運動の問題である。特に感覚については、原初的な感覚の使い方であるところの触覚的実感に基づいて構成された世界から、強かった一つの実感が次第に薄まり、空化されて、より関係化された世界が構成される道筋を明らかにしなければならない。そのために、実際に子どもと関わりをもつことから、子どもが現に生きている世界を明らかにしなければならない。特に、触覚的実感に基づいて構成された原空間の在り方や、ものの構成の在り方について、さらにはそうしたことに基づいて自らの運動を組み立て、自発し、調節する仕方について、その根拠にまで遡って問わなければならないのである。
 本報告においては、重複障害教育研究所において実際に筆者が出会った障害の重い子どもとの関わりを基に、具体的な事例研究の形で、上に記した緒問題について考察を行うこととしたい。


 なお、さらに以下の2名の方に、話題提供をしていただく。
 まず深山茜さんは、学生として出会った、ある盲ろう二重障害の女性に関して報告をしていただく。この女性は、幼少より重複障害教育研究所に通い、学習を重ねてきて、現在成人に達した方である。深山さんは、タイルソロバンのタイルを硬貨に代えた教材を使用した最近の数の学習に関わる中で、その女性が0を構成していく過程を初めとして、その数の操作の背後にある触覚や運動の働きの様々な意味について学んできた。今回はそれに関する報告である。
 また、志賀幸子さんは、お子さんが幼い頃より重複障害教育研究所に通所し、成人した現在も入所した施設から元気に通所している方である。この長い歴史の中で、研究所における関わり合いがお子さんや家族にとってどのような意味を持っていたのかということや、こうした関わり合いの中で見えてきたお子さんの素晴らしさについて語っていただく。
 本シンポジウムは、3年にわたって開催する計画のもとに企画され、本年は、その第1回目にあたっており、重複障害教育研究所での事例を中心としたものである。