自主シンポジウム 重 複 障 害 その2
  
日本教育心理学会第43回総会自主シンポジウム要旨(2001年9月8日:名古屋国際会議場)


企画者 柴田保之(国学院大学〉
司会者 松岡敏彦(山口重複障害教育研究所)
話題提供者 井上礼治(熊本県立熊本養護学校) 間野明美(山梨県立やまびこ養護学校) 
      谷守人(山口県立防府養護学校)  野村耕司(杉並区立済美養護学校)
指定討論者 進一鷹(熊本大学) 高橋渉(札幌学院大学)


《企画の趣旨》
               柴田保之(国学院大学)
 本シンポジウムは、平成12年2月に逝去した財団法人重複障害教育研究所前理事長中島昭美が3年にわたって企画したものであり、本年はその2回目にあたる。その主旨は以下のとおりである。
「昭和50年5月、重複障害教育研究所が東京都教育委員会より財団法人として認可され、障害の重い子供たちと共に人間行動の成り立ちの根源を深く感動をもって学ぶことを目的として設立されました。(…)その間、父母、教師、研究者、施設職員の実践研究が積み重ねられ、人間行動の成り立ちの根源を感動をもって子供たちから学んでおります。そこで、その成果を自主シンポジウムにより明らかにすると共に、実践研究はあくまでも事例研究であります。主題を『重複障害』として、長い間、私と苦労を共にしてきた人々と30年間の研究成果をご披露したいと考え、自主シンポジウムを企画いたしました。(中島昭美)」
 以上のような主旨のもと、昨年は、重複障害教育研究所における実践研究を中心に協議を進めたが、本年は、全国各地で地道に実践研究を積み重ねている教師からの事例を中心に協議を進めていく。
 私たちは、一人一人の子どもに合った教材や適切な働きかけの工夫によって、その子どもの感じ方や考え方、運動の起こし方の本質に迫り、その子ども自身の自発や工夫を呼びおこすということ、そして、それは子どもに学ぶということ抜きには成立しえないということを根本にすえて関わり合いを進めてきた。この時、よりどころとしてきたものは、中島昭美を中心として積み重ねられてきた40年にわたる実践研究である。
 中島は、昭和27年から10余年にわたって山梨県立盲学校で行われたわが国初めての盲ろう教育に参加して、触覚のみによる言語行動形成という画期的な成果をあげた後、様々な障害のある子どもや人々との関わり合いを通して、触覚に基づいた感覚の使い方、運動の起こし方、空間の構成の成りたちの道筋と、深い教育理念に基づいた学習法を明らかにし、「ヒトの初期学習」、「概念行動の基礎学習」、「記号操作の基礎学習」に分けて、昭和52年に研究紀要『人間行動の成りたち』を著した。この研究紀要は、障害児教育に関わる多くの入々に深い感銘と指針を与え続けている。
 そして、「寝たきり」と言われるきわめて障害の重い子どもたちとの出会いを通して、口や足の裏、背中などの全身の触覚や姿勢の重要性、あるいは外界の構成に果たす面の役割などを明らかにしてきた。
また、一貫して中島は、感動をもって子どもに学ぶことの大切さを説き、人間行動の成りたちの本質や人間存在の根源の解明を追求し続けた。
 こうした中島昭美の歩みは、多くの学校の教師や施設職員、父母などに影響を与え、各地で様々な工夫による実践研究が積み重ねられてきて今日にいたっている。

《提案要旨》
人間として奥の深い子どもたち

              井上礼治(熊本県立熊本養護学校〉
 大学で一緒に勉強している小学3年のT君。いわゆる自閉症といわれる子どもさんだが、学習を2、3課題やった後、すぐに教室を飛び出して外へ出て行く。そして、地面に落ちている木の枝を拾ったり、樹木の名前が書かれた小さな立て札を地面から引き抜いて、片手に持ち、手首を回してゆらゆら揺らしている。それから、手に持っている部分とその棒状の物の両端を唇で触っている。
 きっとT君は、手にしている物の重さのバランスの変化を、そのような方法で感じ取っているのだと思う。そしてその質感みたいなものを触覚として確かめているのだと思う。視覚的な物のとらえ方に馴れきった我々は、T君が感じているような物の重さ、揺れたときのバランスの変化、物の質感など、さほど意識はしていないだろう。
 真剣に、また嬉々として繰り返されるこの子どもたちの動きを見ていると、「障害者」といわれる人々が、「健常者」と呼ばれている人々よりも、物の感じ方・考え方がはるかに豊かであり、その動きは独自の工夫に満ちているように思われてくる。
「人問としての奥深さ」を彼らから真摯に学ぶことで、「人間の豊かな生き方」を考えてみてはどうだろうか.
子供と考え工夫し合う
                    谷守人(山口県立防府養護学校)
 新採で赴任した山口県立審学校内の研究サークルから山口重複障害教育研究会へ参加し、障害の重い子供たちから学び、人間について考えるということを、自分なりに実践してきた。
 特に、最近6年間担当してきた訪問教育での実践は、まさに入間について子供たちから教えてもらうことが多かった。寝たきりの生活の中で感じる世界を基に、動きの少ない身体で自分の思いや気持ちを表現したり、周りのものを動かしたりする中で、その子のもつ内面の奥深さを感じざるを得ない。訪問教育では、年令も状況も異なる6人の子供たちと出会ったが、感覚的運動的に極めて制限された間で、お互いにやりとりができることを実感することも多くなった。それは、私の手で触ったり、声をかけたりする二とはもちろん、いろいろな教材を身体の各部に提示して運動を促したり、それを姿勢を変えて提示したりすることで、お互いに感じ合い、考え合うということである。
 子供はきっとわかっている、何かしようとしていると考えて、いろいろ工夫してみると、必ず子供の考えていることや、思っていることに出会う二とができる。それに出会うことができないのは、お互いの思いや考えが伝わっていないからであり、そこから、私と子供のいろいろな工夫や考えが生まれてくると思う。

障害児教育から学ぶこと
                   間野明美(山梨県立やまびこ養護学校)
 養護学校の教員となって20年余りが過ぎようとしている。その間、様々な子どもたちと出会い、関わりを持つことができた。
 人間がどのようにして物を見るようになり手を使うようになるのか、同じ・違うという概念を育てるのか、数の概念はどこから生まれてくるのか、言葉や文字はどのようにして組み立てられ意味のあるものになっていくのか。子どもたちとの関わり合いの中から、多くのことを考えさせられ、学びつづけている。その中で寝たきりで手を握り締め決して物に触れようとしなかった子どもが初めて手を開き物に触れた瞬間、「まる」という文字が円形という形を示すのだと分かって大声で「まる、まる」と子どもが叫んだ瞬間、様々な感動的な場面に出会ってきた。人間という存在のすばらしさを、実際に目の前に繰り広げられる事象を通して実感できる出会いである。障害児教育から学ぶことはすべての教育の基であり、それはまた、「人間」について追求していくものであると思っている。

健正くんの触覚に基づいた運動のおこし方
                    野村耕司(杉並区立済美養護学校)
 故中島昭美前理事長が創設した財団法人重複障害教育研究所には、現在月1回の通所指導を行うために、30名の障害児・者が通所している。本研究所は、この障害を持った方々との通所指導を通して、「人問行動の成り立ちの根源」と「人問存在の意味』について感動を持って学び合うことを基本的な精神としている。二の精神の根幹は、障害を持った方々のどんな行動にも大きな意味があるということである。その行動は自発に基づいたものであり、我々が常識的に考えている諸感覚の使い方や外界の捉え方、運動の調整とは異なるものである。このことは障害のある方々の方がより本質的・精神的に深い捉え方をしていることであり、教育観に対する根本的な考え方を変えて、彼らから学んでいくことである。
 本報告では、財団法人重複障害教育研究所において筆者が実際に出会った障害の重いお子さんとのかかわりについて事例研究の形で報告させていただく。このお子さんを、行動にまとまりがなく乱暴でなかなか学習に参加してくれない難しいお子さんと筆者は考えていた時期があった。しかし実際にかかわり、本研究所の精神に立ち返って学習を進める中で、外界を緻密にとらえていることが分かってきた。そこで教材を操作する中で、触覚的な手がかりと視覚的な情報を整理して・運動を調整する過程についてまとめてみたい。