昭和51年5月25日会報創刊号

            重複障害教育研究所設立一周年を迎えて

1.設立について
 昨年4月26日、無事竣工式を終えた時は、万感胸の迫る思いでした。昭和45年から着々と準備を進め、やっと建設することができました。その間、計画どおりにはことが運ばず、幾たびか断念しようと思いました。しかし、建設資金を得、49年11月に着工し、翌年4月には、以前の古めかしい自宅とは見違えるようなモダンで上品な研究所を建てることができました。桑田建築設計事務所の丁寧で精密な設計と、銀安建設株式会社の誠実な努力によるものです。
 4月29日には、坂田防衛庁長官が気軽に立ち寄られ、激励をいただき、ホッといたしました。この研究所の建設に関して、ある人には、道楽の極地だと言われ、また、ある人には、君の理念の産物だとほめられました。しかし、私は、この研究所を私個人のために建てたのだとはつゆほども思っておりません。重複障害教育をより一歩でも進めたいと念願し、活躍しておられる全国の方々の信念の産物なのです。長い間、苦労をともにしてきたみんなの力のあらわれなのです。
 ご承知のように、重複障害教育は、障害者の数も少なく、教育が大変難しく、さらにその困難を乗り越えて教育に成功しても、社会的に活躍する有能な人材を育てるまでには至りません。そのために、まだ全国的に重複障害教育が広く理解され、力強くおし進められているとは言えません。しかし、重複障害教育を通して、地味な教育実践の中から、教育の内容や方法が新しく工夫・開発され、真の教育のあり方を示されている素晴らしい先生方は沢山おられます。まだ大きな力とはなっていませんが、昭和54年度には、国においても養護学校の義務制が実施されることを考え合わせると、今後、この教育が大きく発展すると思います。人間の本質に迫る教育として、重複障害教育が本当の力を発揮する日も決して遠くはないでしょう。
 ところで、公益法人として設立、運営することが、この研究所に最もふさわしいことと思い、財団法人の設立の申請をいたしましたが、なかなか許可がおりませんでした。そこで、皆様方に、後援会の入会を呼びかけましたところ、すぐさま、多数の方々からご賛同いただき、その上、力強い励ましの手紙をいただいたことは、本当に嬉しく、忘れることができません。
 また、日本自転車振興会の補助金の内定も、大変ありがたかったことの一つです。財団申請中にもかかわらず、補助金の内定をいただき、この内定が、設立の許可の決め手となったことを考えると、研究所のこれからの事業の目的、内容に、深いご理解を示して下さった日本自転車振興会の関係各位に深く感謝いたします。また、広く競輪選手、競輪ファン、競輪関係者の方々にも厚く御礼申し上げます。
 以上のような経過をへて、重複障害教育研究所は、この教育を一歩でも進めたいという信念のもとに建設され、設立されました。私たちの信念は、一朝一夕のうちにつくられたものではなく、二十数年に及ぶ教育実践の中から生み出されたものです。子どもたちとのふれ合いを通して得た、人間の本質に迫る感動によって積み重ねられたものなのです。
 成子さんの「ア」の発声に、みんなが驚き、やったーと思ったこと。同じく成子さんが、かけ算が上手になって12月31日に二年越しに勉強したので、とうとう紅白歌合戦を見そこなったこと。それまで歩けなかったタ一ちゃんが、冬のある日、むっくり起き上がって、こたつ伝いに父親の方へ歩いたこと。私が心臓を悪くして寝ていた時、ふと目覚めると、一則君がいつの間にか仏壇の引き出しから数珠を取り出してきて、私の胸のところを撫でてくれていたこと。…など、その忘れえぬ感動は数限りありません。まだみんな社会的自立こそしていないけれども、全国各地において一生懸命生きています。静かではあるけれども、みんなが社会に向かって一条の光を投げかけていることは厳然たる事実です。心の底からほとばしり出る人間のふれ合いこそが、重複障害教育研究所を生んだのです。

2.運営について
 重複障害教育研究所の運営は決して楽ではありません。しかし、やりがいのある仕事です。運営にあたって再び感謝しなければならないことは、心よく入会の呼びかけに応じて会費を払っていただいた会員の皆様の御支援と、この事業に対して補助金を出していただいている日本自転車振興会に対してです。
 昨年度の事業の第一は、機器整備事業です。この事業によって、研究所の管理用品、教育用品、研究用品の基礎的なものが整備され、研究所の体制が整いました。
 また8月には、重複障害教育研究会第3回全国大会、日本盲ろう者を育てる会第2回全国大会を続けて開催しました。この全国大会には、二十数名の盲ろう児、父兄、教師、施設職員、研究者など二百数十名の方々が集まり、熱心な研究発表や討議が行われました。パーキンス盲学校前校長ウォーターハウス博士もはるばる来日され、研究所を見ていただき、子どもたちと会われ、講演をしていただきました。
 この教育にとって何よりも重要なことは、教育内容・方法の工夫であり、新しい立場に立って子どもとふれ合うことが、教育の本質に迫る唯一の道であると熱意をこめて語り合われました。研究所における直接の教育実践は、毎週土曜日定期的に行う通所指導と、秋から5回に分けて行った合宿指導です。中でも1O月31日から11月2日までの成子さんと忠男君の第1回の合宿は極めて有意義でした。久し振りに彼らに会って、お互いにこみあげる嬉しさ、懐しさをおさえることができませんでした。
 映画製作事業にあたっては、各地の学校、施設の皆様方のご協力により予定通り撮影を終了することができました。撮影したフイルムを編集して担任の先生方にお見せしたところ、全国各地の盲ろう二重障害児を主とする重複障害児の教育が手にとるようにわかると大変好評でした。この映画及び今までに明らかにされた学習法を広く公開し、重複障害教育の意義と内容を理解していただくのがこれからの研究所の使命だと思います。
 重複障害教育研究所は、敷地220坪、建坪延140坪の小さな施設ですが、この教育を一歩でもおし進めたいと念願して設立されたものですから、こつこつと長い年月に渡って、教育の実践、学習法の工夫・開発、研究の交流、業績の公開など、研究活動に努めます。
 本年度の事業についても、心からなるご支援をお願いいたします。お暇な折、研究所に是非お立ち寄りいただき、ご指導、ご鞭達下さい。