昭和53年6月10日会報第3号

                   石の上にも3年

 昭和50年に設立された本研究所も満3年を経過し、4年目を迎えている。
 本研究所で発行した研究報告書も、創刊号、第2号の2冊となり、あらためて読みなおしてみると、全国各地において、重複障害教育の実践研究が広がりをみせていること、さらに、教育の内容・方法が深められてきている様子が手にとるようにわかる。また、研究紀要も3冊となり、そのいずれも好評で、地道な努力を積み重ねておられる先生方に大いに役立っていることは、まことに喜ばしい限りである。
 本研究所は毎年夏、文京区民センターにおいて、重複障害教育研究会全国大会を主催しているが、この研究会も、年々各種の障害児教育の現場に広がりをみせ始め、研究交流の場としての役割を果たすようになってきている。昨年度から、研究報告書、研究紀要をもとに研究協議をしているが、今年は、さらにカード式教材目録をもとにした教材研究を加え、研究会の充実に努めていきたいと考えている。
 本年6月、昨年度撮影した通所指導の記録映画の上映を中心として、2回の研修会を開催したが、実践研究において、子供たちの成長の過程を忠実に記録することがいかに大切であるかをあらためて痛感した。記録映画は、今後の実践研究を深めるために役立つばかりでなく、将来、人間行動の基礎を系統的に明確にするために大きな根拠となりうる資料である。教育的な働きかけが適切でなければ、子供は決して成長しない。逆に言えば、障害が重く、どうにもならないようにみえる子供でも工夫が積み重ねられ、働きかけが適切であれば、少しずつではあるが確実に成長する。どうにもならない子供なんて決していないんだということを16mmやVTRの実践記録が、事実をもって証明してくれていると思われる。このことは、記録映画を見ながら話される母親の語りぐちによくあらわれている。自分の子供の障害の重複の程度や生育歴、さらには研究所に通所するようになってから成長してきた様子などを淡々と述べられるのだが、そのなかに重い障害児をもつ親が、我が子を決して重荷と思わずに、子供の確実な成長に不動の自信をもって育てている様子、「かたつむりの歩み」ほどの遅さではあっても、確実に変化し、成長している我が子に対し、静かな喜びと明るい期待を抱いている様子がありありと見受けられ、今後の研究所の任務が極めて重いものであることを実感した。
 障害の重複や重さにこだわって何とかしようと考えるだけでは、今後の障害児の教育は決して進まない。いかなる障害があっても、その障害を克服し補償しようとだけせず、むしろ、その子供の人としての行動の基礎を固め、形成された人間行動の基礎をもとに、概念行動、記号操作の基礎学習、教科学習、さらに社会的自立のための学習を積み上げていかなければならない。障害が重ければ重いほど、重複していれば重複しているほど、人間行動の基礎を形成する学習は重要な意味をもってくる。より本質的に人間行動の形成過程を筋道を立てて考え、その子供の行動の水準をよく観察して、一人一人の子供に適した学習のプログラムを組み立てることが、重複障害教育の基本的な立場と言える。
 今年も、本研究所は、一貫してこの基本的な立場から、通所、合宿指導、研究会、研修会の開催、記録映画の制作、研究紀要、研究報告書の発行などの諸事業を行い、皆様方のお役に少しでも立ちたいと念願している。